子どもが学校に行かなくなっても心配のない理由





陶芸の仕事してるとロクロ回すし、薪割りしてると一緒にやる。 とにかく大人がやってる事に挑戦したいのが子どもたち。 「手伝いせないかんよ。」というノリでは絶対に嫌がる。 大人が集中してやってると、「楽しいんかいな。」とやりたくなるよう。

とは言え、みんなで一斉に取り掛かって片付けたいような作業の時は有無を言わせずに「集合ーーー!」という僕の一声で作業開始という事もある。 そういう時もやりだすと、作業に慣れてる野遊と土歩の戦闘能力は非常に高い。

【モチベーションが上がったから作業に取り掛かるのではない】

身体を動かし始めるとスイッチが入り、テンションが上がってくるのだ。 この【やればやる程もっとやる】的なナチュラルハイ状態は肉体労働者でもある、自給自足生活者には必須。

えー、話は変わり、 最近にこちゃんがホームスクーラーデビューした。 他の子と違って、1年生の1学期は全部行ったから驚き。




学校中心の、「明日のために宿題やってお風呂入って、早く寝ないと!」という追われるような日々から、一気に「何やろっかなー?」という退屈な生活に転じる。 そこで、「それやらせてー!」という何でもやりたい症候群に陥る。

というのに、小さいうち程陥りやすい。 やっぱり3、4歳の頃からやね。 その時期に保育園や幼稚園に行ってると、先ほどの学校中心と一緒。

もっとも、親が一日中家に居る生活じゃないと無理。 1軒目の廃材ハウスの時なんか、陶芸という細々とした収入しかなかったけど、パートやバイトはしなかった。 そういうのをしなくても、生活にまつわる労働はいくらでもあったし。 で、やってるうちに現在のように余裕が出てきた。

これもモチベーション論と同じ原理。 【余裕が出てきたら仕事を辞めて自給自足】は断じてあり得ないぞ。

自給を目指して、医食住、エネルギーに関する労働に日々勤しむ。 だからこそ、生活が成り立つのだ。 お金払って、買い物してそれらを賄う生活とは考え方の根幹が異なる。

都会で金がないとホームレスという事になるけど、田舎では豊かに自給出来るベースがあるからね。 特に森林の国日本はこういう暮らしに向いている。 四季の変化があって、お米や野菜の種類も豊富やし。

こういう自然の基盤をベースにし、ちょこっと労働すれば焚き物と食べるもんぐらいはすぐに生産出来る。 しかも、元経済大国という感もあるけど、未だに日本では使えるものが廃材として山と棄てられてるのだ。 新品を消費して、「金が足りない!」とか言うてる場合じゃないぞ。

まあ、急には難しいかもしれんけどね。 うちら夫婦が廃材生活をスタートする当時の執念とも言える意気込みは、今から客観的に見ても鬼気迫るものがあったと思える。

その辺りの具体的な話も、今度の見学会の時にしようと思う。

乞う、ご期待!!!

#ホームスクーリング