プレハブ移築のための解体作業

10日の早朝、神戸を目指して道具を積み込んだ軽トラで出発した。 3時間ぐらいで到着して、まずは森のようちえん「野遊び舎わっこ」の見学。



うちの子どもたち3人は、3人と保育園も幼稚園にも通わなかった。 野遊は3歳ごろにシュタイナーの自主保育のグループに何度か行ったけど、あまり気に入らなかった。 その後、高松のデモクラティックスクール「わあい」には週に一度数ヶ月は行った。 その後はスクールとしての運営はしていない。 公立の保育園の一日保育にも「行きたい!」というので一日だけ行って、「楽しかったー、明日はもうええわ。」と。

最も、遠い所に親が送っていくというのは自給自足生活者として、超負担になるので選択肢に入らない。 それに僕もあっこちゃんも毎日家で何かしらの作業なり、手作りなりやってるから、子どもたちは大人の真似をして遊ぶのが日課になってた。 今も5年生の終わりごろから毎日学校に行き始めた野遊以外の2人は一日中家で遊んでる。

集団生活に慣れないと! 基礎学力は? 周りから「行かせてない!」と指摘される! 大人になってから困る!

これらは自由な子どもたちからすれば要らぬ心配にしかならない。 それと親の世間体に対する妥協に過ぎない。 僕ら夫婦は兵庫の市川町のデモクラティックスクール「まっくろくろすけ」の子どもたちや卒業生、京都の「ザ・ファミリー」の娘さんたち、和田山の「あ~す農場」の息子さん、娘さんたち、という一般的な学校に行ってなくて、かえって自立した若者に出会ってたので、うちらの子どもたちにも何の心配もしていなかった。 その子らの親たちは勤めに行かず、自由と責任を持ち、自給自足をしながら天職で生きてる人たちばかりだった。

子どもの教育? 躾? 将来の事? そんな事心配する暇がある事自体、親である自分たちが今を生ききってないという証拠。

自分の仕事や生活と子どもの教育は切っても切り離せない。 愚痴の出る仕事と生活を辞めよ! 親がやりたい事に突き進む。 それが使命感や正義感からの無理のあることじゃなく、地に足をつけた自然な生き方ほど望ましい。 その日々の中、子どもも真似してやりたい自分で居られる。

子どもに「何をするか?」を強要するな! 「いかにその子自身で居られるか。」を注視せよ。 泳ぎ方、スポーツ、楽器、計算、英語が出来るようになるよりも、膨大な自由な時間の方がその子の人間形成には遥かに重要なのだ。


うちで作ってる、味噌、ドブロク、たくあん、甘酒、塩麹、、、これらの微生物からの酵素を毎日取り入れる事は必要不可欠。 福島の汚染地帯で木村秋則さんのやり方での不耕起の田んぼではセシウムの値が超低いそう。 植生の豊かな不耕起の田んぼの微生物が放射能を分解したのだ。 科学ごときで解明されてなくたって事実は事実。 そのぐらい微生物の働きはごつい。







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