パイプハウスの屋根の施工が進んでる。
例の真っ黒けのタールの接着剤を塗る。 これは発癌性バッチリ。 シックハウスを気にするような施主には完全にNG。 天然素材の対極の代物。
二階の工房や廃材ソーラーの乗ってる大きな軒にも使ってる、木の電柱もそう。 あの電柱をチェーンソーで切った時と、このボンドは同じ臭い。 臭いで言うと、木材に塗るクレオソートなんかが一番強烈。 今では販売中止になってるけど、解体現場から取ってきてうちにはストックしてある。
これらは全然ロハスじゃない。 ではナゼ廃材天国で採用するのか?
電柱や枕木は、今流行りのエクステリアのために防腐処理をされたんではない。 何十年と電信柱として、線路の下で、頑強に劣化せずに耐える事を求められた。 今ではコンクリートに取って変られて淘汰された。
たまたま今では枕木は一本数千円というプレミアム品になった。 電柱なんか探しても、中々ない。 でも、僕が廃材建築を始めた13年前にはジャンジャンもらえた。 一軒目の廃材ハウス、二軒目の陶芸の工房や軒の柱として、電柱は重宝した。
廃材建築にスイッチの入った「廃材王国」という本に、枕木や電柱で建てられてたというのが大きい。 著者のハセヤンは基礎に使ったコンクリートの砂利は道路のカーブしてる部分に溜まってるのを軽トラで集めて回ったそう。 そういう、現代では考えられない行動にシビレた。 「家は5年に一回建てればいい!」という金言にも参った。
石の上に柄を置き、木を組み合わせる伝統工法。 本来の木造建築には防腐剤も塩化ビニールのクロスも要らない。
僕はその素晴らしい伝統の粋を目指さないで、「家なんて、なんちゃってでいいじゃん。」という捉えかた。 廃材建築は自分のライフスタイルの象徴でもあるのだ。
解体現場に通い、グラスウールの断熱材で痒くなりつつも、一軒目の工房の屋根の断熱に使った。 アスベスト入りのスレートだって、喜んで剝して使った。 当時は実際に金もなかったし、絶対に買わないという姿勢で家作りに臨んだ。
廃材天国と命名した二軒目の今の家だって、木は一本も買ってないし製品としての材料は買わない。 買うのは砂や砂利ぐらい。 その建築現場において、基礎とか屋根という部分はすっごく大事なのだ。 しかも、今回のように23、4坪もある倉庫の屋根が廃材の折半板とアスファルトのシートで葺けるというのはアメージング。 そのシートの施工に必要なボンドがタールの塊で、「発癌性があるから使いたくない。」とか神経質な事は言ってられない。
もちろん毎日寝起きする部屋の中なんかには使いたくない。 倉庫の屋根や工房の基礎に多少あっても、大丈夫。 ビニールクロスに囲まれた高気密の家なんかよりも、ウチの母屋の方が超快適やし。
という自分独自の価値観によって、何を使うか?何を買うか?買わないか?を取捨選択する。 この家は僕の選択の結果だし、どの家だって施主の価値観で選択されてる。
一部熱でニチャーッとくっついてて、剝すのに手こずった。
敷き始めると速い。 昨日は子どもたちが居なくて、一人の作業なので困難な面もあった。 そりゃ、一人でやるより誰かに持ってもらった方が超効率いい。 でも、廃材建築で自分の家を建てるのは基本一人。 他を頼ってはいけない。
上まで敷き終えた直後に夕立ち。
棟の仕舞いがまだやけど、全然もらない。
ガタガタの折半とアスファルトのシートのコントラストがいい。
こんだけ左右非対称という建造物も珍しい。 キカイダーとか阿修羅男爵を彷彿とさせる(古すぎ?)。
いやーーー。 パイプハウスそのものも廃材やし、この広さの屋根が全て廃材で出来たことが感慨深い。 最初は農業用のビニールを張ってた。 台風で飛ばされたので、また張った。 それも台風で飛ばされた。 3回目張るのがおっくうで、数年間は骨だけで放置してた。
いきつけの金物屋から折半の廃材をもらってためて、いつかはパイプハウスの屋根にしたいなーとか妄想してた。 全部は足りないけど、張り始めてからアスファルトのシートが来た。 計算も計画もしてないけど、張ってみると半々になった。
最初のスタートはしょうたくんが居たんで手伝ってもらった。 その後は合間をみて一人でコツコツやってた。
家は素人が一人で始めても建てられる。 頭を柔らかくすれば。
一人で作れないのは子どもだけだぞ!!!
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