第二回、うぶすな助産医院、古民家再生合宿の続き~。
前回の記事 http://kadoya.ashita-sanuki.jp/e896531.html

すべての作業が三日間同時進行で行われたが、ややこしいので床の大工仕事と五右衛門風呂作りを別の記事に分けた。







釜の下の燃焼室の部分を作るのは粘土が一番。 耐火レンガではダイヤモンドカッターで切って合わせたり超困難な所を、 粘土なら自由自在に整形出来る。





















この、五右衛門風呂作りだけでも解体からなので、数人でやっても何日もかかる。 今回は、僕が柱の入れ替えや、床の大引きを入れてる間に、同時進行で解体をやってもらってた。
その後も頃合いを見て、粘土練りワークもやってもらってたり。 大勢居たので、チームに分かれて様々な作業を同時進行。
僕は職人として、各所のポイントをやりながらも、みんなに指導してやり方を教える。 要となる部分を教えると素人でも、大勢いれば三日間でものすごい進む。 ホントに今回は、怒涛の三日間だった。
廃材を使っての床の下地である、大引きの水平の出し方。 粘土をこねて五右衛門風呂作り。
どちらも僕の得意とする、「なんちゃって工法」が炸裂した。 プロの仕事を目指さない! これが素人でセルフビルドなり、セルフリノベーションする秘訣。
ここの古民家の蘇り方は目を見張るものがある。 最初の屋根の大穴や、ボソボソに腐った柱を見た時には、 正直、「どうやろ、、、。」と思ったもの。
それにしても、やってりゃ進むし、何とかなる。
主宰のえいたが熱く語る。 「この古民家を素人の自分たちで直す。」 「みんなで協力して作業する。」 「このプロセスこそ一番大事にしたい。」 「こういう作業をする大人の背中を子どもたちに見せたい。」
ここは助産医院になる。 お産から、教育、食、住という繋がりはスムーズ。
病院じゃないと出産出来ない
家は大工さんじゃないと建てられない
学校には行かなくちゃならない
食べるものはスーパーで買うのが当たり前
病気になったら薬を飲んで治す
これ全て、戦前の常識とは正反対。 昔は誰もが家でお産し、 棟梁の仕事以外の雑用は家族で手伝い、 食べ物の自給なんてごく普通、 少々の病気は家庭で治せたし、 学校出て、勤めに出るという選択肢もない。
戦後のGHQの占領下の云々で、、、とか古臭い事を言いたい訳ではない。 昔の生活がいいから、昔に戻ろうと言ってるんでもない。
生活なり、生きてゆく根本的な部分を人任せにするな!
これらに自分で責任を持つ事こそが、自由を手に入れる生活に他ならないのだ!
それが、未来の生き方だぞ!!!