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「アートでたんぼ15th」に出店してきた

今年で「アートでたんぼ」は15回目。 僕らが三豊市の河野さんの所で廃材ハウスを建てて、自給自足生活を始めたのと時を同じくして始まった。


今年もいつものいい感じのゆる~い空気で始まった。

今年の「アートでたんぼ」のサブタイトルは世界農村芸術祭 http://tanbo.exblog.jp/

さて。 昨年、2014年は国連が「国際家族農業年」と定めた。

食料安全保障や貧困、飢餓の撲滅における家族農業や小規模農業の役割を周知する事を目的として国連が制定したそう。

このブログの読者には「そんなん今更国連ごときに言われんでも、とっくにやっとるわ!」という実践者が多いとは思うが、今更国連がそんな事言うてるそうな。

裏をかえすと、グローバリゼーションで食と農を牛耳るモンサントの遺伝子組み換えとラウンドアップや住友肥料では食の安全と貧困、飢餓は撲滅出来ないという事。 当たり前やけど、、、。 ていうか、それを前提として成り立ってるのが、グローバリゼーションなり今の資本主義の成れの果て。

だからこそ、この中山間地の三豊市高瀬町の上麻のたんぼでお米を作りながら、河野さんのアート理論は説得力アリアリ。

福岡正信さんの言われる、「人間の耕すという事が原罪だ。」という事。 宮本常一さんの本に出てくる「アイヌの民は半日鮭を獲ると、後の半日は浜辺で延々と座り続けた。」という記述。

つまり。 農なり、生活なり、食べる事は金に換えられないのだ! 農業と称し、農機具と軽油代計算して、合う合わないとか言うてる換金遊びとは次元を異にする。

生産したものを換金して消費生活を送る

という、これまた極めて当たり前の行為を繰り返す消費者である現代人には理解不能。

農なり食べ物を得る行為とは本来、自然と一体になった神秘の世界観が欠落して成り立つものでないぞ。

田んぼでお米を作るのは訳はない。 トラクターで代掻きして、田植え機で苗を植えて、除草剤やって、水管理して、コンバインで刈り取って、乾燥機にかけて籾摺りしたら玄米になる。

そういう事を言うてるんじゃあない!!

お米を作るとはどういう行為か? 食べ物を得るという事は何ごとか? 日々の生活とは一体何のためにやってるのか?

こういう事に理解が疎い者たちよ。 そういう者のために、このイベントがあるのだ。

食べるものを能率よく生産すればよい

そんな打算的なコンセプトでお米作りを何万年も続けられる訳がないぞ。

生きるための精神性が合致しない作業は奴隷のそれに過ぎん。

生きるための作業とは本来崇高なものなり。 美しく、矛盾がなく、駆け引きのない状態。

そこに入って来て逃れらない現代文明すらも、包括して咀嚼してしまえる。 それが営々と暮らしてきた田舎の伝統文化だぞ!

前置きが長いが、、、。


この田んぼに出る猪を頂く。


丸焼きで。


炭火の火力で表面の焼けた所から削ぎとって食べてゆく。


徐々に小さくなってきた。


最後は渓流で釣ってきたアマゴも一緒に焼く。


うちは移動式ピザ窯で出店。


今では「廃材天国」が屋号のようになったしまったが、元々は「火土屋」という屋号で焼き締めの陶芸家だった。 このイベントにはちゃんと作品を展示してる。


こういうマニアックなマグカップを気に入って買ってくれる者が居るので、創作活動は止められない。


名物、「どろんこ」。 これにはいつも説明不要の盛り上がり。


どろんこ遊びの後は薪ボイラーで風呂を沸かしてくれてる。


風呂の管理は田村さん。 一軒目の廃材ハウスの指導者、彼が居なくては廃材ハウスは出来てない。 にこちゃんもお世話になり始めた。


上の二人は、車で30分の峠超えを物ともせずに、自転車で駆けつける。 この二人は一軒目の廃材ハウス産まれで、ここらのおっちゃんおばちゃんに随分可愛がられて育った。


もうすぐ田植えを迎える田んぼには堂々たる作品が。 これは河野さんの。


「ハートでたんぼ」。


「田んぼでたんぼ」。


ド迫力の「焼畑城」。 この作品は何と、版築で分厚い土の壁を作ってそれを焼いたという作品。


竹のオブジェは違和感がない。


丸いのもカワイイ。


何とブリキのお米貯蔵缶での作品。


満濃池に次ぐ広さの岩瀬池のボートクルーズも名物の一つ、 にこちゃんは3回も乗せてもらったとか。


大阪の作家さんの奥様が猪焼きうどんに猪お好みを焼いて下さった。 猪最高!


いい雰囲気の「マヤカフェ」。


ステージの出演者たるや凄い数。 ロック、弾き語り、演歌、フリージャズ、即興、正統派コーラス、グランドピアノ、ノイズ系、アフリカン、和太鼓、というカオス状態。 どんだけやねんという超ボリューム。 延々やってるのがいい。

いわゆるフェスとは一線を画する。 中心が地域のおっちゃんおばちゃん中心やし。


トリは黒胡椒くんのファイヤー。 天狗の面に褌のこの芸は、五穀豊穣祈願の踊り。


吹いた火でどんどん河野さんの作品に点火。


最後は大護摩に!

という、素晴らしいフィナーレを迎えた。

一年に一度しかお会い出来なくなった、ここの地元のおっちゃんおばちゃん多し。 80超えてもおじいちゃんおばあちゃんって感じなないんよ。

猪解体する時に、「うちの大鋸持って来るわ!」という現場感は「お年寄り」というレベルじゃあない。 僕らがまだまだ「若造」というレベルに甘んじる経験とスキルがある。 そこが厳然とした経験値の違い。

猪のみならず、何をやってても、一挙手一投足が、「マジっすか!!」、「急いで取ってきます!」みたいなノリになってしまう

それが嬉しいし、まだまだ彼らに学びたい。

「いつまでも元気で居てください。」みたいな気恥ずかしい文句を寄せ付けないバイタリティーが溢れてる。

これが日本中の田舎社会の先輩の姿だ!!

体力のあるうちに、我武者羅に学んどけ!!!

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